ねえねえ、霊夢。
以前貸した1,000円返してよ。
ああ、あんな昔に借りたお金はもう時効だよ。
え!時効ってどういうことだよ!
魔理沙、知らないの?あんまり昔に借りた借金は時効でチャラになっちゃうんだよ。
たった1ヶ月くらいで消滅時効にされてたまるか!
ちぇっ!やっぱりムリか…
そういえば魔理沙、こういう借金がチャラになる時効以外に、土地が他人に取られちゃうっていう時効があるそうじゃない?
それは取得時効のことだな。消滅時効と似ているが、ビミョーに違うんだぜ。
そうなんだね。どう違うのかがイマイチわからないのでちょっと解説してよ。
わかったのぜ。主にゆっくり調査士の観点から取得時効を解説するのぜ。
よろしくお願い。
取得時効と消滅時効
時効の民法条文
消滅時効と取得時効。
読んで字のごとく時効によって消滅するか、取得するか。
どちらにフォーカスしてるだけで同じように見えます。
でも、実はちょっと違うのです。
民法条文を見てみると、共通項が第144条~161条、取得時効は第162条~165条に、消滅時効は第166条~169条に書かれています(消滅時効についてはその他個別事案ごとに条文があります)。
今回はゆっくり調査士的観点で取得時効をメインに、必要に応じて消滅時効についてもお話します。
取得時効と時効取得
時々言葉がこんがらがってる人がいる取得時効と時効取得。
取得と時効が入れ替わっただけの同じ意味と思いきや。
取得時効は取得事由が発生する時効のことをいいます。
時効取得は時効を原因とする取得方法のことです。
なので、言葉遣いとしては「私はこの土地を取得時効で時効取得した」といった文章になります。
時効の存在理由
なぜ時効というものが存在するのでしょう?
時間が経過するだけで借金がチャラになったり、他人のものが自分のものになる時効という考え方は邪道なものだ、という認識を持っている人がいます。
知らん間に借金やモノがなくなってまうなんて、おちおち枕を高くして寝られんわ!
たしかにそういった側面もありますが、実はちゃんとした理由があるんです。
- 長期継続した事実状態を尊重して、法律的安定を図る。
- 原因の日から長期経過することによる、立証困難の救済
- 権利の上に眠る者は保護しない(→法格言)
もし時効というものがなければ、前所有者が30年前に取得した土地を買うとしたら、その30年前の契約に過失はなかったか?本当にその土地はその人のものなのか?といったことを確認しなければ怖くて買えません。
時効がなければ、たとえ30年前の契約でも錯誤無効が発生すればその売買契約はなかったことになって前々所有者に所有権が戻ってしまうからです。
「登記をしとけば対抗力があるやんか!」
こういった事実確認は登記の対抗要件とはまた別の話です。その話についてはまた機会を見てしていこうと思います。
あと、時効を主張・適用することを法律では時効の援用と言います。
長期継続した事実状態の尊重
これは長期存在した事実状態に一定の価値を認めて、その状態を維持しようとする法律の性質によります。法律は事実をむやみに変化させることを好みません。
また、社会通念上も長年そこに住んでいる人は、おそらくその家の所有者なんだろう、と推定するでしょう。(まあ、賃貸もありますが…)
法は長期間誰も異議を唱えなかった事実に一定の価値を認めているのです。
長期経過による立証困難の救済
例えば、物を買った時や借金を返済した時にはレシートや領収書をもらいますよね。
そういったものっていつまで保存していますか?
ある日突然、「これはお前のものじゃない!そうだというなら証拠を出せ!」と言われたらどうします?
「立証できないなら、これはお前のものじゃない!」
「領収書がないなら返してないから、貸した金を返せ!」と言われたらどうしますか?
借金の場合、ワザと時間をおいて証明ができなくなったころ合いを見計らって請求する、という悪いヤツがいるかもしれません。
そういった場合、経過した時間に一定の価値を認め、立証不能なことから救済することを目的としています。
法の上に眠る者は保護しない
法格言に法的地位があるからとあぐらをかいて放置している者を、法は保護しないというものがあります。
これは「自分の権利は自分でちゃんと管理しろ!」「権利の維持は自己責任だ」と言っているのです。
よく自己責任を強調する人がいますが、そんなこと法律では言わずもがななんです。(→過失責任の原則、私的自治の原則、契約自由の原則)
取得時効とは
時効の要件
一般に取得時効の要件は次の通りです。
- 所有の意思を持って占有する = 自分のモノだと思っていること
- 平穏勝つ公然と占有する = 暴力で脅し取ったり、こそこそ隠したりしないこと
- 一定期間以上、占有し続けること
1と2についてはわかりやすいと思います。
取得時効でよく問題となるのは3です。
善意10年、悪意20年
取得時効は「善意(無過失)10年、悪意20年」と言われています。
この場合の善意、悪意は物事の善悪のことではなく、
- 善意:ある事柄について知らなかったこと
- 悪意:それ以外の場合もしくは善意であることを立証できない場合
という意味です。
違和感を感じるのは、エクセル関数や論理式の「真=true、偽=false」と似ています。
つまり、この場合の善意はその物が他人のものであったことを知らなかったことをいい、悪意はそれ以外の場合、となります。
「そのことを知っているのが悪意」とする解説書がありますが、そう考えると間違えます。
つまり、取得時効は20年経過しないと援用できないが、善意無過失を立証できれば10年で援用できる、ということです。
善意無過失とは、そのことを知らず、またそのことに落ち度がない、ということです。
取得時効・実例
ここで、取得時効を援用するための占有状態の事例を、善意無過失、悪意の場合の典型例を挙げてみます。
善意無過失の場合
買主Aが土地を購入した。その際業者から土地境界の説明を受けたが、その境界は真実の筆界ではなくお隣に越境した境界だった。
しかし、その説明を受けたAはそこが境界が筆界だと信じて占有を開始した、という場合。
悪意の場合
土地所有者Bが建物を増築した時、建物の一部が隣の土地を越境してしまった。
そこで、隣の人Cに越境の事実を説明してその部分を譲ってもらったが、口約束で済ませてしまったため、立証できない場合。
この悪意事例では、土地所有者Cは字面で見るほど悪人ではありません。
他人の物と知りながら不法占拠して土地を横取りしようとした人ではなく、ただ単に善意無過失を立証できないだけの人、ということです。
内心は誰にも分らない
ただし、占有開始時に「自分の所有の意思を持っていたのか、いなかったのか」といった本人の内心は、誰にも(裁判官でも)読み取ることはできません。
なので、善意・悪意の判定は、立証できれば善意、そうでなければ悪意、としているのです。
意外に難しい起算点の立証
10年、または20年以上占有すれば取得時効の要件が発生しますが、時効で難しいのが起算日の立証です。
借りた日や占有開始日を自分は覚えていても、その起算日を立証するのはか~な~り困難です。
しかも時効が問題になるときは、時効を完成させたい側、させたくない側では、だいたい主張が食い違うものです。
そもそも、立証困難の救済なのに、その起算日を立証しないといけないのはおかしいですよね。
なので、通常の場合は厳格な起算日の立証は必要ないんですが、厳密な起算日が必要になることがあります。それは後述します。
ダイヤモンド(所有権)は砕けない
日本の民法は所有権絶対主義です。
所有権は絶対的な排他的権利で、時効でも消滅しない、とされています。
そう!ジョジョPart4のサブタイトルのように、ダイヤモンドは砕けない、すなわち所有権は消滅しないのです。
え?でも、取得時効が援用されると、元の所有権がなくなっちゃうじゃん!って思いますよね?
で、ここで一物一権主義が登場するのです。
- 取得時効の援用で対象土地に隣接地所有者の所有権が発生!
- しかし、元の所有者の所有権も所有権絶対主義により消滅しない!
- しかしここで一物一権主義で、一つの物に2つの所有権は成立できない!
- お互いの所有権がガチンコ勝負だぁ!
- バカーーーーーーーーーーーーーーン!
おおっと!
元の所有者の所有権が砕けてしまった!
クレイジー・ダイヤモンドだったのは時効取得の所有権の方だった!
元の所有者の所有権はシアーハートアタックのように爆裂してしまいました…(そういやこの爆弾は爆発しても形は残ったな…)
実際の法学書ではこんな解説はされず(笑)、「所有権は時効消滅しないが、時効援用で新たな所有権が発生したことによる反射的効果により元の所有権は消滅する」といった屁理屈のような説明がされています。ところてん方式で押し出されるようなイメージですね。
なので、時効取得の場合は特定承継者にならず、原始取得者となります。
こういったロジックで所有権は消滅時効にかからない、が堅持されているらしいです。
法律はロジカルなようで、最終的にはこういったチカラ技解釈でやっつけたりします。
所有権取得の種類
- 原始取得者:取得原因は時効取得など。前所有者から引き継いだのでなく、最初の所有権取得者ということ。
- 特定承継者:取得原因は売買、贈与など。前所有者から特定の権利義務のみを承継取得する。
- 包括承継者:取得原因は相続など。前所有者の権利義務をほぼそのまま承継取得する(一部例外あり)。
時効は遡及効
時効の効力は遡及効です。
取得時効の場合の遡及効は、時効の起算日にさかのぼって所有権が成立する、ということです。
時効の起算日となるのは時効援用者が土地占有を始めた日です。
取得時効は遡及効なので、承継取得ではなく、原始取得としないといろいろ不都合が起きます。
二重の所有権
時効が成立することを時効の完成と言います。
時効が完成する前の所有者の所有権は当然完全な所有権です。
しかし、時効が完成したとたん、所有権は占有開始時にさかのぼって成立します。
ということは、結果的に占有開始から時効完成までの間は二重の所有権が観念できます。
これが時効取得が承継取得とならない理由です。
承継取得だと前所有者の権利義務も承継してしまうのです。
担保権の消滅
時効が完成すると所有権は新たに発生し、占有開始時点にさかのぼります。
新たに発生する所有権なので、前所有者が設定していた抵当権などの担保権とは無関係です。
なのでそれらの担保権は消滅してしまいます(民397)。
時効の完成猶予と更新
旧民法では時効の中断、停止と呼んでいましたが、用語がわかりづらかったので、言葉を変え整理しました。
- 完成猶予(旧:停止):これは特定の事由があると時効の進行が一時停止することです。
- 更新(旧:中断):これは時効の進行が終了してリセットされることを指します。「中断」の語句が「一時中断」を連想しやすく、誤認されることが多かったので、「更新」と用語を変えました。
時効の完成猶予と更新について詳細を書くとかなり難解・長文になるので割愛します。
今回は調査士業務と関連がある時効の更新事由、承認についてのみ解説していきます。
承認:時効の更新事由
時効の更新事由として承認は少々闇が深いです。
というのは、他の完成猶予、更新事由と異なり、承認は時効完成で利益を得る方のアクションで時効進行がリセットしてしまうからです。
しかも恐ろしいことに、時効完成後でも承認してしまうと時効の援用ができなくなります。
本人が時効完成の事実を知らなくてもです。
筆界確認における承認
例えば、消滅時効が完成した借金でも、貸してから請求があった場合「ちょっと待ってくれ」と返答するだけで承認したとして時効の更新事由とされます。
返済を待ってくれ、ということは、債務があることを承認した、とされるのです。
里道など法定外公共物
これと同様のことが筆界確認で起こるおそれがあります。
それは隣接地と自分の土地の間に里道や水路があった場合などです。
里道、水路とは法定外公共物と呼ばれ、昔から使われているあぜ道や通路、用水路のことです。
現代でも使用されているものもあれば、もう形態も所在も不明になっている里道・水路もあります。
法定外公共物の取得時効
一般的に公物(=法定外公共物)である道路や水路は取得時効の対象になりません。
しかし、その形態がなく、実際に道路、水路として使用されていない場合は、黙示の公物廃止という解釈がなされ、取得時効の対象物となる場合があります。
筆界確認による承認行為
筆界確認をするときに、対象の土地と法定外公共物と接していたら、取得時効に関係してくる場合があります。
その場合、法定外公共物自体を承認していなくても、筆界確認をしたことが承認行為とみなされることがあるのです。
取得時効が援用できなくなる事例
上のような土地の位置関係だとします。
筆界確認を申し出てきたのは3番、124番の土地の所有者です。
図のように地図上には里道が走ってますが、現実には形態がなかったとします。
あなたは4番、123番の土地の所有者です。
相手とあなたの土地の筆界を立会い確認をすること自体はなんの問題もありません。
筆界確認書に署名捺印をすることもOKです。
しかし、あなたがこの里道を時効取得しようと思っているのであれば、ちょっと注意が必要です。
建物が再建築できなくなるかも…
上記の事例の場合、うっかり承認してしまったため、123番の土地は接道しない土地ということになってしまいます。
する建物を建て替えるときに、123番の土地には建物が建築できなくなる恐れが出てくるのです。
将来の時効取得のための注意点
この時、あなたがなんの異議もとどめずに署名捺印をしてしまうと、自分の土地内にも里道があることを承認したとみなされてしまうんです。
なので、そういう場合は相手の調査士に里道を描かない図面に書き直してもらうか、それがムリな場合は筆界確認書に以下のような一筆を書かせてもらいましょう。
私の所有土地に里道はない。
こうしておけば、後日自分が里道を時効取得する際にも、隣の筆界確認書の署名捺印を盾に「あんたは里道があることを承認した」とは主張されないでしょう。
役所はホントはもう使ってない里道なんて手放したいのですが、市民の財産の所有権を勝手に放棄した、と後日言われることを恐れて、極力時効取得に応じません。
また、登記記録がある土地の場合は、登記原因に「時効」と書かれることを嫌うんです。
時効完成前後の所有権移転
上の項でも書きましたが、厳格な事項起算日が必要となる場合があります。
それは時効完成の時期付近で、対象土地の権利変動があった場合です。
時効完成前の所有権移転
時効の援用は起算日の翌日から善意10年、悪意の場合でも20年間占有すれば完成します。
上の図のようにその間にその土地の所有者が変わっていても問題ありません。占有期間の要件を満たしていれば援用OKです。
しかし、時効完成後に所有者が変わってしまうとちょっと問題です。
時効完成後の所有権移転
時効が完成した後に所有権移転してしまうと、そこで一旦時効のカウントが終わってしまう、すなわち時効が更新されてしまうんです。
これは「法の上に眠る者は保護しない」が、占有者Cに働いた、ということです。
時効が完成して権利者になったのだから、さっさと援用しろ、ということですね。
この場合、新所有者Bと占有者Cは先に登記をした方が所有権の対抗要件を備えることになります。
時効が成立しても筆界は動かない
ところで、仮に越境部分の時効が成立して所有権が獲得できても、そのままでは登記が出来ません。
なぜなら時効が成立しても筆界はそのままだからです。
筆界は公法上の境界なので、当事者の合意では動かない、という法理論がありますが、時効についても同じことが言えます。
なので、時効取得した部分の登記名義を変えるには分筆登記が必要になります。
そのお話はまたいずれ解説したいと思います。
まとめ
なんかいままで持っていた時効のイメージがっちょっと変わったかな?
みんなは時効って言うと、刑法でいう公訴時効(犯罪者を処罰できなくなる)か、消滅時効のことじゃないのかな?
そうそう。ドラマの刑事ものなんかにも出てくるもんね。
取得時効は結果的に元の持ち主が所有権を失うから、所有権の時効消滅のように考えると思うんだけど、実は違うんだぜ。
所有権を消滅時効にしてしまうと、所有権が最初からなかったことになっちゃうから、それまでの権利関係がおかしくなっちゃうんだよね。
そうだな。もしそうなってしまうと、前所有者と前々所有者の契約行為にも影響して、話がおかしくなるのぜ。
じゃあ、ここまでの話をまとめてよ。
わかったのぜ。
- 時効には取得時効と消滅時効がある
- 時効は援用(適用)したら起算日までさかのぼる
- 時効の存在理由は長期事実関係の尊重、長期経過による立証困難の救済、法の上に眠る者は保護しない
- 所有権は消滅時効にかからないが、取得時効の反射的効果で消滅する
- 取得時効の要件は善意10年、悪意20年
- 取得時効で発生した所有権は原始取得
- 時効は完成猶予または更新によって進行がストップする
- 時効の更新原因となる承認は時効完成後でも適用される
- 筆界確認によって承認とみなされる場合がある
- 時効完成後に所有権移転されてしまうと、登記の早い者勝ちになる
- 取得時効で土地の一部の所有権が確定しても、そのことでは筆界は動かない
けっこうたくさん論点があったんだね。
民法の規定は適用範囲が広いからな。
いろんな事例に当てはめようとするとどうしても論点が増えるのぜ。
魔理沙、今日もたくさんの解説ありがとう!
どういたしましてなのぜ!
あ、1,000円はちゃんと返してくれなのぜ。
ぴえん…(ごまかせなかった…)
今金欠なの。
もうちょっと待って~
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